“三河屋商法”の謎 / プレジデント

 TV番組「サザエさん」のエンディング音楽を聞くと、休日の終わりを感じて憂鬱になる「サザエさん症候群」があるが、私がサザエさんの中で最も注目しているのは三河屋さんの存在だ。

勝手口から御用聞きが現れて、醤油や味醂などの注文をとっていき、後で配達をしてくれる――。最近の都会では見かけることがめっきり少なくなった商売のように思える。ところが、いまでも“電器屋版の三河屋さん”が大活躍中なのだ。

優良顧客化でコストを圧縮して利益に転換
 

例えば、私の母親は「エアコンの調子が悪くなったから見にきて」と近所の電器屋さんを呼びつける。母親はそんなことを恩義に感じるのだろう、次もその店で購入する。娘が一人暮らしをするといえば、「ちょっと遠いけど届けてやって」と必要な家電をひと揃え注文する。

この電器屋さん、DVDレコーダーを購入した高齢者宅には、設置はもちろん、家族が揃った日に改めて使い方の説明に来る。その家に誰かが立ち寄れば、「DVDなんて操作できないわ」「なあに、あの電器屋さんに頼んだら、何から何まで教えてくれるよ」「まあ、親切ね」。きっと、そんな会話が交わされていることだろう。

手間のかかる客を相手にして、採算効率が悪いのではと考えがちだが、実際は逆だ。くだけた言い方をすれば、新規の顧客をものにするのはナンパに近い。道を歩いている人に「彼女にならない?」と突然話しかけても警戒されるだけ。同じ初対面でも、共通の友人の紹介ならば、警戒感を持たれることはない。三河屋さんは「磯野さんが利用している店」として、近所の人にも信頼されているのだ。

商売をするうえで新規顧客の獲得は重要であり、歴史の浅い会社ほど、その必要性は高くなる。しかし、見落としがちなのが顧客の流出。宣伝費をかけて100人の新規顧客を獲得しても、同時に100人の顧客が流出してしまったのでは、顧客の増加にはならず、売り上げや利益は伸びない。新規獲得と流出対策は、どちらか一方が欠けても経営が回っていかない“クルマの両輪”の関係にある。

その流出に関して、100人の流出のうち5人を引き留める、つまり5%改善すれば、利益が25%改善する「5対25の法則」という会計の考え方がある。信頼関係で結ばれている馴染み客であれば、派手な広告宣伝やキャンペーン展開などのコストが少なくて済む。だから、顧客の流出を食い止めるだけで、すぐに5倍もの利益改善につながるのだ。

では、「また来たい」「また買いたい」と思わせるポイントは何か。それは、店先や工場などの「現場の力」である。

2つのパン屋さんがあるとしよう。1つは淡々とそつなく仕事をこなす人の店。一方の店はパンを焼くのが本当に好きで楽しくて仕方がないという人が経営しており、試作品を客に食べさせて感想を求める。次にどちらで買いたいかといえば、後者の店のはず。

先の電器屋さんは、パソコンが欲しいという高齢のお客さんに携帯電話を勧めたことがある。孫の写真をネットで送ってもらうようにしたかったのだが、どうしてもパソコンに触れるのは気乗りがしない。そこで簡単に写メールのやりとりができる携帯電話を勧めたのだ。

確かに、携帯電話よりパソコンを売ったほうが目先の売り上げは立つ。しかし、客の潜在ニーズを汲み取るカウンセリング営業を行い、顧客流出を防ぐことが重要なのだ。そうすることで、高い満足度を与えられた一見客が優良顧客に変わり、長期間にわたって利益が得られるパターンが出来上がってくる。

「この店、どうして続けられるんだろう」。あなたの周りにそう感じる店があるとしたら、信頼関係で繋がった数多くのお得意様が支えているはずだ。

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